みんなで話し合って、項目を決定しました。(暫定的に)

ホワイトボードに書きながらみんなでわいわいがやがや決めていきました。

これから大項目毎に一つ一つみんなで検討していきます。

DSC_0022 パノラマ写真

前文:憲章の目的・理念

A. 世界観

・農/自然観(自然観)

・精神性

・家族(いのちのつながり)

・自給自足

B. 家族

・パートナーシップ

・ファミリーの中の個人

・教育・子育て

・家族になるには

・血縁(親子)の絆

・社会の中の家族

・本質的な平等

C. 生活

・仕事(役割分担)

・休み

・外出

・プライバシー

・文化活動

・冠婚葬祭

・もてなし

・コミュニケーション

・生活の中のエコ

・もったいない精神

・自給自足

D. 健康

・食事(体)

・ケア(心)

・頭の健康(知識、本、新たな情報に対する姿勢)

・保険

・病気

・医療

・薬

・心

・身体

・精神

・社会

・福祉

・自給自足

・子育て

・相互扶助

・安心な仕組み

・信頼

E. 経済

・生活費

・分配金

・財産

・木の花と社会の関わり

・メンバー同士のお金の関係

・保険

・共有

・自給自足

・エコ

F. コミュニティの運営

・大人会議

・子供会議

・グループミーティング

・役割分担

・意思疎通

・意思決定

・平等

・こころ磨き

G. 環境

・もったいない精神(4R)

※4R:Refuse(断る)、Reduce(減らす)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)

・農業

・エネルギー

・食

・代替技術

・日常の工夫

H. 社会との関わり

・地域

・教育

・国

・企業

・国際

・市民活動

・エコビレッジネットワーク

I. 文化・芸術活動

・年中行事

・創造性の表現

⇒看板、お弁当、音楽、踊りなど

「憲章を創る前に、みんなに伝えておきたいことがある」

憲章づくりのミーティングを始める直前、いさどんからみんなに突然のメッセージがありました。(このメッセージについては、いさどんブログをご覧下さい。)

そのメッセージを要約すると、「この世界の中で、どんな選択をしても、それは一人一人の自由。一つの方向だけに進むこともない。ネガティブに生きるのもポジティブに生きるのもすべて自由。だから、僕についてくる必要はない。すべてを一人ひとりの判断、決断に委ねよう」という内容でした。

木の花は、今まで、いさどんの持つ求心力でひとつの方向に進んできました。ネガティブな思いを乗り越えて、ただひたすらにポジティブな方向へと進んできたのです。それは、コミュニティの創設期には必要なことでした。いさどんという求心力がなければ、木の花はばらばらになってしまったでしょう。

今、木の花は次の成長期を迎えています。多様性を包み込める空間となっています。ネガティブな思い、ポジティブな思い。いろいろな思いを包み込める空間になっています。それは、それだけ一人一人が成長した証でしょう。そんな今だからこそ、いさどんは自分への求心力を手放したのです。

いさどんの言葉を受けて、多くの人がそれぞれの「ひとりごと」を語りました。それは、とても素敵な時間となりました。もう、誰が語っているのかは関係ありませんでした。一人一人の言葉が空間に溶けていきました。全部がみんなの言葉でした。と同時に、その人らしくもありました。まるで一人一人の個性がみんなの個性となったようでした。語るのも自由。語らないのも自由。すべてがその人らしくて、みんなの個性となりました。

人間は一人一人、個性を持ち、その人独自の物語や真実を持っています。そして、それは他人とは違うものです。だから、それに固執していると、対立が起きます。たしかにすべて自由で、「何でもあり」です。ですが、対立は痛々しく苦しいことです。それを解決するのは、語り合いです。語り合うことで、互いの真実が混ざり合い、新たな真実が生まれます。新しく生まれた真実は、一人の真実ではなく、みんなの真実になります。真実は固定したものではなく、変化の中で生み出されるものなのです。

集い、語り合う中から生まれる真実。憲章はそんな真実によって創られていくでしょう。

そんなことを確認しあった語り合いの最後は、みかちゃんの歌によって飾られました。

夢の国

ヤンヤ ヤンヤンヤー ヤンヤ オーエーオー

ヤンヤ ヤンヤンヤー ヤンヤ オーエーオー

ここは夢の国

思い描けばみんな本当になる

ここは夢の国

思い描けばみんな本当になる

緑たくさん生い茂っている

花達もたくさん咲き乱れている

そんな美しい国で生きていこう

みんな違ってみんなここにいて

みんな違う色に輝いて

みんなが自分の本当の声で

歌を歌っている

ここはみんながつくる夢の国

ここは愛の国

こころとこころ結ばれて

いのち達七色に

大地の上で花開いてく

ここは夢の国

思い描けばみんな本当になる

本当になる

ヤンヤ ヤンヤンヤー ヤンヤ オーエーオー

いさどんによるプレゼンテーションも終わり、憲章づくりはいよいよ具体的な内容を検討する作業に入りました。その作業に先立って、以下の3つのことを確認するために、まずみんなでプレゼンテーションの振り返りをしました。

  1. 木の花の生活、活動の背後に共通して流れている精神性を確認し共有する。
  2. 憲章を創る目的の再確認
  3. 憲章の項目の検討

最初に、確認、共有した精神性とは、言葉にすれば、「愛」や「調和」、「ワンネス」、「利他の心」といったことになります。プレゼンテーションでは、家族や子育て、農業、自給自足、菜食など様々な話題が取り上げられましたが、どの切り口から入っても行き着くところは自他を超えた一つの精神性、愛や調和でした。ですが、これらの言葉に実感がこもっていなければ意味がありません。日々の学びの中で、愛や調和の精神を深めていく。その裏づけがあってこそ、これらの言葉は生きてきます。そのために、日々の実践や語り合いが重要であること改めて確認する場となりました。

次に、憲章を創る目的について、3つのことを確認しました。まず、新しく入ってくるメンバーにファミリーの一員であることの意味を説明すること。次に、現在のメンバーの意識を高めること。そして、社会に対するメッセージを発することです。

8回目のプレゼンテーションで、私たちは「文証」という言葉に出会いました。文証とは、文字によって理念を万人に伝えることです。私たちがこの「文証」を創り出そうとしていることを確認しあったことで、憲章の意味はそちらへ重みを増してきています。憲章を読んだ人が、愛と調和の精神に人々が目覚めるように―。そんな文章が求められています。

憲章という言葉を辞書で引くと、「重要で根本的なことを定めた取り決め」とあります。つまり、ルールです。しかし、ルールを明記することは枠を作ることでもあります。それに縛られてはいけません。変化や修正を可能にしておくこと、不文律の大切さを明記しておくことなどが必要になってきます。大切なのは、自然に沿う心なのです。

私たちがここで明文化しようとしているルールは、自然界、宇宙のルールです。それは普遍的なルールであり、決して木の花だけものではありません。

自然界は明文化されたルールを持たず秩序を保っています。それを、私たちはあえて明文化しようとしています。木の花憲章を、すべてのコミュニティで取り入れられる雛形にしたいと考えているのです。それは、木の花が雛形になるというわけではなく、自然界が雛形になるということです。より多くの人々が自然界を自らの暮らしの雛形とするように―。憲章には、新しい社会の仕組みに向けての導き役としての役割を持たせたいと考えています。

これから、海、山、里、都市と、様々な場所で共同体が生まれていくでしょう。その共同体同士で助け合う相互扶助の仕組みや、地球という自給自足のエコビレッジをフル活用する仕組みもできてくるでしょう。私たちはそんな仕組みづくりに向けたモデルを示していきたいと願っています。

最後に、憲章の大項目をみんなで決めました。以下の7つです。

  • 憲章の理念・目的
  • 世界観
  • 家族
  • 生活全般
  • 健康
  • 経済
  • 意思決定

次回以降、それぞれの大項目に設ける小項目について話し合う予定です。

憲章自体も大切ですが、それを創る過程も大切です。こうして過程をブログに載せることは、みんなで様々なことを振り返る良い機会となっています。また、ブログを通じて、多くの人から意見をいただければ、と願っています。ご意見やご感想がありましたら、ぜひコメントを書き込んで頂ければ幸いです。

チームに分かれて意見を出し合います。みんな真剣です

チームに分かれて意見を出し合います。みんな真剣です

このプレゼンテーションは、私たちの暮らしの意味、目的をみんなで再確認するために始まりました。憲章制定への準備です。そのプレゼンもとうとう最終回となりました。ゲストに対しては、通常2時間30分で行うプレゼンですが、全9回、合計10時間以上の時間を掛けました。それだけの時間を掛けて、みんなで語り合いました。そして、自然の仕組み、宇宙の法則、それらに従うこの暮らしの意味を再確認しました。

前回のプレゼンで、木の花憲章の目的が、文証を創ることだということが明らかになりました。これは語り合う中で生まれた気付きです。集い語り合う中で真実は生まれます。文証を得た木の花は、文証、理証、現証のすべてを持ち合わせることになります。私たちは今までも社会のモデルとして、様々な活動に取り組んできました。世界が一つになるための取り組みです。文証を得た木の花は、より深く広いメッセージを社会に伝えるようになるでしょう。愛と調和と善意の元に世界が一つになる。そんな未来へ向けて私たちの生活は続いていきます。

最後のプレゼンのテーマは「新たな社会のモデルとして」です。一部、HPでも紹介しているように、私たちは様々な活動を行っています。中高生の職業体験受け入れ、授業のお手伝い、大学との連携、生活体験ツアー、いのちの村プロジェクト、ESP(エコビレッジ・サポート・プログラム)、NPO法人青草の会など。

それらを通じて行っていることは、まず新しい医療の提案です。今、世の中は病気になるのが当たり前になっています。医療費は膨大に膨らんでいます。心身の免疫力を高め、生活リズムを整えれば、病気にかかりにくくなります。病気のない世の中作りの提案です。医療は補助的役割で良いのです。

次に新しい福祉の提案です。障害は個性であり、障害者は、健常者のための役割を果たしてくれています。健常者と障害者が共に暮らす中で学びあう。そんな暮らしを提案しています。

最後に新しい社会の構築です。人々がエゴを手放し、自らの愛と調和の精神に目覚め、一つになるように。エコビレッジが世界中に広がるように。他国の人々や、大学、研究機関、企業と繋がっています。

私たちが暮らす地球。宇宙の暗闇の中、青く輝く星。この星は生きています。空や風、土、ビル、人間の諸活動など。それらすべてが生命です。そして、病んでいます。都市活動は皮膚癌やアトピーのようなものです。人間はたくさんの能力や影響力を持ちます。しかし、どんなに優れたものも使い方を間違えると害になります。そのことに気付き、本来すべての存在が持っている愛と調和に根ざして生きていくことが大切です。今、地球温暖化が進み、地球は住みづらい星になろうとしています。先のことは分かりませんが、人間が今まで、様々な問題を解決してきたことを考えると、楽観的な気持ちになります。答えを持つのではなく、ドラマを見せてもらいそこから学べば良いのです。そして、もし仮に人類が滅んだとしても、それは生命の終わりではありません。命の連鎖は続いていきます。形が変わるだけです。この世界に死は存在しません。命が受け継がれ、形を変えていくだけです。生命のベースには常に愛と調和と善意のメロディが流れています。そこへ気持ちを向ければ、いつでも喜びで胸がいっぱいになります。生命の喜び。それを感じながら、目の前のことをたんたんとしていけばよいのです。

そして生だけでなく、死も喜びであり希望です。死は卒業式です。古いものとさよならをして、新しく旅立つ儀式です。生命力が身体から抜けると、固体の細胞は解体されます。万物の中にちりぢりになっていきます。そして魂もこの世界の本質を知った時、微細になっていきます。それは全体の中に帰っていく美しい瞬間です。命の尊さ、儚さ、美しさ、潔さ。神さまのもとへと帰って全宇宙と一体になる瞬間です。

こんなことをみんなで語り合ったプレゼン。その最後はみかちゃんの歌で締めくくられました。自然に湧き上がる歌。みんなの魂に響き渡りました。

数えきれない記憶

作詞:みかちゃん

                    光として 闇として 生きた 数えきれない記憶

                    光として 水として 生きた 数えきれない記憶

                    風に舞う土ぼこりとなって

                    宙に砕ける水の泡となって

  

                    そしてまた風に宙に溶け込んでいった

                    くり返し くり返し くり返し くり返し

                    寄せては返し 細かく砕けては また 源へ還り

                    こちらから あちらへ あちらから こちらへ

                    波のように 生きた 数えきれない記憶

                    星として 石として 生きた 数えきれない記憶

                    土として 炎として 生きた 数えきれない記憶

                    花として 蝶として 生きた

                    鳥として 虫として 生きた

                    けものとして 魚として 生きた

                    数えきれない記憶

家族、子育て、農業、自給自足、菜食など。プレゼンテーションでは様々な話題が取り上げられてきました。そして、その底流には同じ精神性が流れています。8回目の今回は、この精神性がテーマです。調和の心。自然の中にある利他の精神。それはこの宇宙の始まりからあり続ける仕組みであり、すべての存在が持ち合わせています。神様を含め生きとし生けるものは、すべて家族であり同等です。だから「木の花家族は、地球家族であり宇宙家族」です。

真空と言われる宇宙空間。そこには素粒子の+と-の振動で充満しています。素粒子は波形が粗いと物質を形成します。波形が緻密だと見えない、触れられない存在となります。宇宙空間には、波形が緻密な素粒子が満ちています。その素粒子の背後には「思い」があります。「はじめに言葉ありき」と聖書にあります。言葉は思いから生まれたものです。はじめは「思い」のみが存在しました。「思い」とは神の思いであり、愛であり、善意であり、調和です。「思い」が圧縮することで、爆発が起き、素粒子が動き出しました。その動きは無限に連なります。「思い」を元に、この世界は無限に連なっています。

素粒子の一つ一つは独立しています。それが連なると、細胞になり、爪になったり、肺になったりします。連なりは、一つの命、家族、社会、国家、人類、地球、太陽系、銀河系、宇宙へと広がっていきます。この連鎖は無限で、自他の区別を超えていきます。君がいるから僕がいる。僕がいるから君がいる。相互依存。まわり中、そんな関係だらけです。そして、すべての関係は対等です。己があるからこの世界を認識し、解釈できます。もし己がなければ、何も認識できません。そうすると、己と宇宙、己と太陽、己と地球、己と神さま。己と関係するものはすべて対等で、すべてが自分自身なのです。天上天下唯我独尊。この言葉はその事実を表しています。すべてと対等であることに目覚めた己は、3次元や善悪の判断を超えています。あらゆるものと一体となり、その事実を認識します。そこに愛と調和の心が生まれます。

このような世界に私たちは生きています。真実のこの世界の善意の美しさ。愛と調和でこの世界は奏でられています。この世界の仕組みから学び、心を育てていくこと。それが私たちの生活です。畑を耕す前に心を耕す。

愛と善意と調和からなる世界。その世界そのものであるはずの人間は、問題ごとを持ちます。悩み、苦しみます。それは多様性が与えられている証です。人間は、問題ごとを持ち合わせる程、高度な存在なのです。はじめは神様一人でした。そこは愛と善意と調和からなる世界。しかし何もありませんでした。そこにひずみが生じ2つに割れ、4つに割れ、とどんどん分割されていきます。多様になっていきます。人間は多様性の中に誕生します。人それぞれ違いがあり、みんなエゴを持ちます。そこに問題の種があります。しかし、問題の種は、幸せの種でもあります。問題から学ぶことで人間は幸せになれます。世のため、人のために生きる菩薩の道を歩むことにもなります。問題の根本を知り解決することは、他者に幸せへの道を示すことにも繋がるのです。

問題から学び、心を育てるために、ファミリーでは16年間、毎晩欠かさず大人ミーティングを続けてきました。エゴを持つ人間は、自分の考えを通そうとする傾向があります。それが対立の場を作ります。大人ミーティングでは、日々の連絡、作業報告だけでなく、お互いの心を率直に語り合います。その時、自他を区別しない視点をみんなが心掛けます。誰が意見を出したかに捉われず、全体のための結論を導き出します。そうすることで、ファミリーメンバーは、自己主張を手放していきます。そして、愛と調和のメロディを奏で、問題を解決していきます。

愛と調和のメロディの中、問題から学び、心を育てる空間。それが木の花ファミリーです。それは人々に幸福への道を示す菩薩の道です。そんな私たちのところには、病気の人も多数訪れます。自然療法プログラムです。さまざまな精神疾患や依存症、問題行動を抱える人達が、薬を用いずに改善していきます。私たちはケア対象者を治そうとはしません。答えを与えません。自ら気付いていく人を育てていきます。それは3つの柱に支えられています。病の原因になった心を見詰め改めること。規則正しい生活リズム。自然な食生活です。心身の免疫力を高め、宇宙のリズムと一致していくことになります。これらを保っていく心があれば、病気は治っていきます。医療のいらない生活が実現できます。

日蓮さんの言葉に、文証(もんしょう)、理証(りしょう)、現証(げんしょう)というものがあります。文証とは、文字となった万人のための教えです。理証とは、道理が通っていること。現証とは、道理が現となって現れていることです。木の花には理証と現証はあります。自然の仕組みから学んだ日々の暮らしです。ですが、万人のための教え、文証がありません。今、文証を創り出す時が来ています。木の花憲章が、その文証になります。道理が通った日々の暮らし。それを万人のための言葉に落とし込むこと。それが木の花憲章です。

プレゼンテーション7回目の話題は自給自足です。ですが、活発な対話が生まれ、話題は深く精神性に及びました。みんなが自分自身の酵素的役割に目覚めると、こういう空気が生まれるのだとあらためて思いました。

自然に生かされている。その恵みの中で健全な食材を生産し、加工していく。それが木の花の自給自足です。塩、砂糖など一部の調味料を除く、すべての食材を自給しています。味噌や醤油も伝統製法で作り、旬の農産物で豊かな食生活を楽しんでいます。そして、美味しく美しいお弁当を近隣に配送しています。バラエティ豊かなお菓子や蜂蜜により生活に彩りを与えます。その底流に流れているのは、自然の恵みを頂く気持ちです。

木の花の食事は玄米菜食+自然卵+山羊乳です。このことについては、HPの「菜食(ベジタリアン)の勧め」に詳しく書かれているので、そちらをご覧下さい。ここでは血の流れについてのみ触れておきます。動物は酸素を使い栄養を燃焼させます。その時、すす(カーボン)が生まれます。このすすが溜まり過ぎると、血液がどろどろになり、血管が詰まります。植物はその身体にすすを含みません。動物はその身体にすすを含みます。すすを含む動物を食べることは、より多くのすすを取り込むことになります。すすが増えることは、心臓に負担を与えることになります。心臓は心の臓器で、英語でもHeart。心であり愛の象徴です。その心臓に負担をかけることは、いらだちやたくらみ、邪まな心を増徴させます。肉食を絶つことにより心は調和に向かいます。逆に心が乱れると肉食を求めるようになります。心の調和を保つために、菜食はとても大切なことです。

加えて、木の花では西式甲田療法を活用しています。食事で酵素を取り入れることを重視します。そして、1日2食の半断食を基本としています。ハングリーな状態を作ることで、栄養吸収が高まります。そして、健全な食欲も起こります。加えて、腸を綺麗にする効果もあります。常時食べ続けると、体内に食べ物が滞留してしまいます。腸壁に滞留食が残り、宿便、宿毒へと変化していきます。腸壁を通して毒が体内に巡ることになります。腸内から食べ物をなくし、綺麗にすることはとても大切です。それにより、医療では回復できない難病が回復した事例もあります。

木の花憲章シリーズで度々登場する酵素。今回も話題に何度も上りました。酵素は化学分解を促進する役割を担っています。そのためか、チェルノブイリ原発被爆者の放射性物質の排出に、日本の酵素食品が優れた効果を発揮するという研究報告もあります。

酵素の働きは工事現場の作業員です。石や砂、鉄筋、木材など工事現場には様々な材料があります。ですが、材料だけでは工事は進みません。工事をするためには、作業員が必要です。この作業員は建築も解体もします。作業員がいなければ、工事は進みません。そして、作業員が不健康でも工事は滞ります。作業員はとても重要な役割を果たしています。

酵素は体内の栄養を分解し、吸収を助けます。生命の連鎖、命と命のバトンタッチ。その繋ぎ役が酵素です。木の花は、社会で酵素的な役割を果たしていこうとしています。人と人、人と自然を繋いでいく役割です。有機農業、自給自足、菜食など。木の花の実践は、みんなが一つになる方法を示しています。それをみんなが取り入れることで世界が一つになる。そんなモデルを示しています。すべてを繋げる幅広さを重視します。だから、一つの形、ものにこだわりません。はじまりは心。心がすべてを生み出します。心が捉われを超えれば、自由自在です。善悪を超えて、悪いものも善いものに転換できます。自由自在に社会を繋いでいく。それが木の花の姿です。

これから社会を繋ぐ役割としてエコビレッジがたくさん生まれます。そのエコビレッジを繋ぐ役割が精神性、愛や調和です。愛や調和に基づき世界を一つにしていく。そんな未来を私たちは思い描いています。

日蓮さんの言葉に「荒凡夫が悟ることが尊い」という言葉があります。荒凡夫とは一般人です。袈裟を着て寺院の中で生きるより、一般人が俗世間の誘惑の中で道を究めることが尊いということです。俗世間から離れずに道を究めることは、社会を一つにすることに繋がります。俗世間での生き方のモデルを、みんなに示すことが出来ます。木の花はアシュラム(=心の道場)のようなところです。寺院のような戒律はありません。誘惑もあります。その中で自由な心で道を究めていきます。荒凡夫としての悟りの道です。それは大切な生き方として、これからの社会のモデルになっていくでしょう。

いろいろな出来事をいただきながら、なんでも有難い。尊い道を自らの意志で生きていく。そんな生き方です。

プレゼンテーションも6回目になりました。ちょっと中だるみなのか、今回は集中して聞いている人が少なく、寝てしまう人もいて、フリートークの活気も今一つでした。プレゼンの後、毎回、おとな会議でその日のプレゼンを振り返ります。そこで出たのは、みんなで創り上げるという意識が足りないのでは、という課題でした。

この文章は僕が書いていて、一応、僕の文章ということになっています。でも、おとな会議でシェアをして、文章を直してもらっています。それを経るうちに、自分の文章という意識が薄れていっています。だんだん無くなっていけばいいと思っています。この文章はみんなの文章です。みんながそう思えるように、そんなふうにプレゼンの時間をまとめていきたいと改めて思いました。

加えて僕はプレゼンの司会をしています。その時間、その場所をみんなで創り上げられるように。自分という意識を超えてみんなと一つになれるように。そして、憲章の言葉がみんなから自然に浮かびあがるように。そういう気持ちが大切にしています。あらためて気持ちを引き締めました。

こういう課題一つ一つを通じて学ぶことが、憲章の血となり肉となります。生きた言葉が生まれる土台になります。そう思うとやはりわくわくしてきます。これから楽しみです。

今回のプレゼンは、農業の最終回でした。多品種少量栽培、苗づくり、稲作養鶏養蜂山羊の飼育など、個々の具体的な取り組みの再確認の時間となしました。

木の花で栽培している野菜は、88品目217品種です。穀類は5品目10品種、茶、果樹などは25品目36品種、そしてお米が13品種です。(飼料米含む)。なぜ、これだけの品種を育てているかといえば、私たちが営利目的ではなく自給自足をベースにしているからです。自給自足の生活が与えてくれる喜び、大地との繋がり、生かされているという気持ちを大切にし、感謝の心を大切にしています。畑、田んぼともに8ha、合計16haの耕作地が近隣に点在しています。そのほとんどは無償で借り受けた遊休農地です。遊休農地を活用することは地域貢献に繋がります。さらに農作物を世の中に提供することにより、自給率の向上にも役に立っています。私たちは社会との繋がりも大切にしています。

苗作りは専用のビニールハウスで行っていますが、化石燃料は使用しません。化学肥料、化学農薬も使用しません。そして生命力の強い苗づくりを心掛けています。腐葉土と焼き土を床土に利用しています。焼き土は60℃で加熱消毒したもので、病気の予防になります。化学農薬を使用しないための工夫です。木の花菌などの微生物酵素液を灌水、土の発酵、葉面散布に利用しています。こうして様々な工夫の元に育てた苗は、とても生命力が強いよい苗となります。木の花ではこの苗を近隣・全国の顧客向けに販売しています。

次に稲作についてです。木の花の稲作の特徴は、ポット苗を使用していることです。ポット苗は、1本1本分かれていて根が絡みません。そのため、苗が太く育ち、田植えで根が切れません。活着も早く、初期育成に優れています。加えて、疎植にしています。一般的に坪60~70株植えるところ、木の花では坪41株です。こうすることで稲が力強く育っていきます。草に負けない稲になるのです。種は温湯消毒をしています(60℃10分間)。これは農薬を使用しないための工夫です。

収穫したお米はもみで貯蔵します。それは発芽する力(生命力)を失わないようにするためです。発芽は生命の繋がりをもたらします。命の循環の象徴です。だから大切にします。玄米は発芽する時、ギャバという精神安定をもたらす物質を出します。食は健康な人を作るのに重要な役割をしています。体の健康だけでなく、心の健康の為にも大切なものです。

生活に彩りを与え豊かにするために、花をも育てています。そして、それを施設周り、室内に飾ります。メンバーの郷子ちゃんがもたらしてくれている豊かさです。

次に養鶏についてです。鶏舎(にわとり小学校)は自分達で設計して、みんなで造りました。余裕のある平飼い、屋根なしの校庭が付いています。飼育数ですが、最近まで860羽いましたが、少しずつ減らしています。それは餌の自給を図るためです。日本の畜産の90%は輸入穀物に頼っています。木の花でも、おからや米ぬかの使用など工夫はしていますが、穀物は輸入に頼っています。餌が外国から船で運ばれるということは、それだけ地球温暖化を促進することになります。それで今年から飼料米を70アール育てました。飼料米の収穫は終わり、今、餌に混ぜ始めています。餌には木の花菌やアミノ酸を混ぜて発酵させています。飲み水にも光合成細菌や木の花菌を加えています。そのため、病気や悪臭はありません。にわとり小学校は、一般の見学者も、鶏のいるところに入って見学出来ます。そんな鶏舎は日本中探してもあまりないと思われます。これは木の花菌で発酵した餌により、鶏の抵抗力が高まっているためです。鳥インフルエンザの危険については意識しています。当然、保健所の立ち入り指導も受けながら、そのうえで健全な養鶏を続けています。

木の花では鶏をひよこから育てています。鶏は病気の多い鳥で、毎日雛が死んでしまう時代もありました。それは心配りを学ぶ期間となっていました。その学びが活きて、現在では高い育雛率となっています。ひよこ電球の使用は1週間ぐらいです。発酵熱による温床で育てているので、その後は必要ないのです。そして、餌としては玄米、ぼかし、ささの葉などを与えています。敢えて、硬いものを与えています。それはなぜか?鳥類は基本的に腸が短くなっています。それはお腹一杯で動けなくなってしまうと、天敵に襲われてしまうためです。しかし、腸が短いと、すぐにお腹がすき、いつも何かを食べ続けることになります。ひなのうちに堅いものを与えることで、腸が長くなります。栄養吸収が良くなり、成長も早くなります。

次に養蜂についてです。木の花では西洋蜜蜂を50群飼っています。蜂蜜の種類は、アカシア、レンゲ、みかん、百花です。基本的に抗生物質は使用しません。木の花菌など有効微生物の活用により、病気や寄生中に対する抵抗力を高めています。今年は1回だけ抗生物質を使用しました。それは受粉用に蜜蜂を貸し出すことになり、他の養蜂家さんの巣と混ざることになり、病気が出やすいためです。木の花の蜜蜂なら、病気になっても抵抗力が強いので、自然に回復します。しかし、他の養蜂家さんの蜜蜂にそれがうつった場合の保障はありません。そこで法律で認定された抗生物質を一度だけ使用しました。日本人の食生活の8割は蜜蜂の受粉のお世話になっていると言われています。その蜜蜂がいなくなる現象が世界的に起きています。蜂群崩壊症候群で、蜜蜂が巣に戻れなくなり、いなくなってしまうのです。この原因については諸説ありますが、薬の多投が一番有力な説です。蜜蜂がいなくなることは、食卓に大打撃を与えます。そんな現状の中、健全な養蜂を保っていくために、基本的には使わない抗生物質を使用しました。しかし、これはずっと使うというわけではありません。つねに現状を考察し続け、健全でベストの方法を柔軟に考え、選び続けていきます。

最後に山羊の飼育について書きます。6頭を搾乳用に飼っています。自家繁殖しています。山羊ミルクは、動物のミルクの中で一番人間の母乳に近いと言われています。だから赤ちゃんの授乳にも使えます。その他、料理やお菓子作りに使用しています。餌には、木の花菌を使用した発酵飼料と、乾燥した青草(35%の水分)を使用しています。そのためミルクに臭みはありません。美味しいミルクをいただけます。

ところで、牛乳のカルシウム吸収率は高いのでしょうか?低いのでしょうか?一般的には牛乳はカルシウムをたくさん含む食材として知られています。しかし、牛乳は人間からカルシウムを出してしまうという意見もあります。牛乳の消費量と骨粗しょう症の数値が比例しているというデータもあるようです。その理由として考えられるのは、人間の体内からのラクターゼの消滅です。ラクターゼについては以前にも触れていますが、腸内で乳を分解する酵素です。生後6ヶ月間のみ人間の体内にあります。ラクターゼのない人間の身体では牛乳の栄養を分解し吸収するのが難しくなるのかもしれません。牛乳のカルシウム吸収が高いのか?低いのか?私たちは低いという説を信用しています。それは高いという立場は産業界の意見で、低いという意見が人間の健康を考えた人達の意見だからです。

多品種少量栽培、苗づくり、稲作、養鶏、養蜂、山羊の飼育など今回はたくさんの具体的な事例について書きました。これらの背後にはたくさん共通点があります。自他の区別を超えていく心、自然の仕組みの優先、頂く気持ち、酵素の力などです。

春は生命のいぶき、夏は生命の力強さ、秋は生命が終わる美しさ、冬は生命の静けさ。芸術的な循環。生命はその中で生きています。甘い蜂蜜。もとは花の蜜です。花の蜜、元は土からの栄養です。元は土なのに、甘いもの、辛いもの、しょっぱいものがあります。元は土なのに、赤、青、黄色、緑などいろいろな色になります。元は土なのに、いろいろな栄養素になります。そんな不思議で豊かな自然に生かされ、私たちは日々、農作業を営んでいます。その15年間の歴史。それをデータ化していろいろな人や国に伝えること。そんなこともこれからの木の花の使命の一つです。

より広く深い繋がりに向けて!

プレゼンの話題は今、農業です。ですが、フリートークの際、話題は医療へと発展していきました。農業と医療。まったく違う領域ですが、起きていることは類似しており、同じ精神性が必要とされています。それを一言で言えば、自他の区別を超えるワンネスの精神です。この精神はファミリーの生活の底流にずっと流れ続けています。

慣行農業が行う土壌消毒が、現代医療の無菌状態と重なります。それは、自分の都合の悪いものを排除しようとする動きであり、生命の砂漠、戦争現場と同じ発想と言えます。作物も人間も学ぶ機会を得ることがなく、抵抗力が育ちません。生命力が育たなくなってしまうのです。

病気を他者として捉えるのではなく、自分自身の表現として捉えること。そしてそれを通じて学ぶこと。そこに健全な成長があり、生命力が育ちます。排除していくのではなく肯定していくが大切なのです。それは愛であり平和です。愛と平和に基づく医療、農業が今求められています。

癌という病気があります。癌は「逍秩iやまいだれ)の中に品と山」を書きます。品物を山のように抱えることでなる病気です。我(が)が増長するとなる病気とも言えます(我ん)。そして、病気は「気が病む」と書きます。身体ではなく気が病むのです。その反対は元気です。気が元通りであれば元気なのです。我が増長すると、気が病み癌をはじめとする病気になります。我とは「自分は自分」と主張することです。自他の区別をつけ、自分の都合を通そうとすることです。自他の区別を超え、自然の仕組みに沿えば、気は元通りになり元気になります。

これは痛みについても言えます。痛みを他者(異物)と見なし排除しようとすれば、痛みは強くなります。そうではなく、痛みを自分自身の表現として受け取り、痛みと同化していけば、痛みは治まっていきます。そして痛みを通じて学ぶことが出来ます。

話しを農業に戻します。今年、キャベツ畑にたくさんのヨトウ虫が発生して、キャベツを穴だらけにしました。通常の農業は、虫が発生する前、もしくは、少しでも発生した場合、農薬をかけて虫や病気を殺し、本来、虫に食べられてしまうような作物でも無理やり作り上げてしまいます。虫に食べられてしまうということは、それだけその作物の生命力が弱いということ、健康ではないということです。別の見方をすると、虫さんは、不健康な作物、人間の毒になるようなものを食べてくれているのです。ですから、作物や私たちが健康になるための役割をはたしてくれていることになります。

実際、人間のかわりに、不健康な作物を食べてくれた虫たちは、しばらくすると、ウイルスなどの病気が発生して、死んでしまいます。大量に毒物をたべた虫たちは、メタボになり免疫が下がり次の世代を残す事ができません。自分の体に毒素を取り込んで、最終的に自らが死ぬことで、その場を浄化させていく役割を担ってくれているのでしょう。浄化された場には新たな生命が生まれるのです。健康な作物が育つ土壌が出来るのです。

自分の都合の悪いものを排除するのではなく、それを通じて学び続けること。そうすることで、豊かな人間や作物は育っていくのです。そこに必要とされるのは自他の区別を超えたワンネスの心です。

前回前々回とBLOGの話題は農業です。木の花の農業は環境保全型循環型農業です。自然に沿った形で農作物を育てています。自然に沿うためには、自然について学ぶ必要があります。ここでは酸素と炭素を中心とした自然=地球の歴史に触れたいと思います。

昔、地球は二酸化炭素の星でした。この頃の地球には変化はありませんでした。人間はまだ地上に住んでいません。永遠であり神さまの時代です。善意と愛と調和だけの世界。しかしそこには活性化からくる変化はありませんでした。そのうち、空気中に充満している二酸化炭素を固定する存在が現れました。植物の先祖です。植物は二酸化炭素を吸収し、身体を創り、酸素を吐き出します。光合成(炭酸同化作用)です。地球に酸素が増えていきます。酸素は活動を生み出します。活動する存在(動物たち)の誕生へと繋がっていきます。

人間を含む動物は、呼吸により酸素を得て生きています。酸素はそこにあるものを活性させます。それは壊していくことにもなります。そしてまた創り出します。動きと変化がそこにはあります。

固体の誕生と死が発生します。そして学びが生まれ、進化する世界が始まりました。学ぶことは壊すこと。壊れることのない、変化することのない世界に学びや進化はありません。私たちは、誕生から死へと向かう旅路の中で、変化を通じて学んで進化していきます。

ところで前回のBLOGで、EM菌に抗酸化作用のあるびわや松などを加えて、木の花菌を作ると書きました。なぜ、抗酸化作用があるものが良いかと言えば、酸化とは老化だからです。怒り、悩み、愚痴、風邪、癌、アトピーなど。これらはすべて酸化作用です。抗酸化作用とは老化を防ぐということで、健康に繋がるのです。

ですが、この努力が死の否定となってはいけません。生と死は対等です。正しく生きることは正しく死ぬことです。今の時代、生だけを大事にしている傾向が見られます。それがこだわりや執着に繋がり、滞りや不必要な悩みを生んでいるのではないでしょうか。

今に執着し守ろうとしなければ、死は悪いことではないのです。いのちの織物の中、生命が他の生命に変化し受け継がれる。それが死であり、大きな視点で見れば、誕生も死も存在しないのです。ただただ変化を頂き学び楽しむこと。それが酸素の星での生き方です。

この事実に符合する日本神話があります。天孫降臨です。神さまには天津神と国津神があります。天の神さまと地上の神様です。天の神、アマテラスの孫であるニニギノミコトが地上に降りて支配するようになります。その時、山の神オオヤマツミノミコトの娘、コノハナサクヤヒメに出会い、惹かれていきます。ニニギはオオヤマツミからサクヤヒメをもらい受けます。この時、オオヤマツミは、姉であるイワナガヒメも一緒に貰ってくれとニニギに頼みました。ですが、ニニギはそれを拒みました。面食いだったニニギには、イワナガヒメは気に入らなかったのです。

サクヤヒメは命の儚さ、尊さ、美しさ、潔さを司る神です。一方、イワナガヒメは命の永遠さ、丈夫さを司ります。イワナガヒメを拒んだことによって、ニニギの子孫(=人間)には、命にかぎりが出来ました。

命の儚さ、尊さ、美しさ、潔さ。コノハナサクヤヒメが司る特性は、そのまま酸素の星、地球を生きる心構えになります。木の花ファミリーが、大切にしているのはこの精神で、変化の中、変化を通じて学び続けています。そして楽しんでいます。

この世界にはいろいろな出来事、生き方があります。人はそれに対して是非の判断を下していきます。是非の判断をすることにより人は動くことが出来ます。だから是非の判断は常に必要です。その判断を下す際、背景を知る必要があります。表面だけでは是非は決められません。前回からプレゼンテーションの話題は農業に入っています。先のBLOGに触れたように木の花の農業は環境保全型循環型農業です。それを支えているのが、木の花菌をはじめとする微生物の利用です。今回は木の花菌の誕生について触れます。それは木の花農業の歴史であり、背景を明確にすることに繋がるでしょう。

木の花設立前、いさどんは愛知県小牧市で、会社経営を辞めてから、畑をしていました。化学肥料と農薬は、適度に使用していました。その畑はみんなの畑で、仲間が手伝いに来ていました。そして仲間の誰が収穫しても良い畑でした。いさどんは、自分がいない時に収穫に来る人のことが心配でした。それは残留農薬のことが気になったからです。                                                                                                                                                                                                                                                        

いさどんの農業のお師匠さんは、畑の近所に住んでいるおじいさんでした。そのおじいさんは、とうもろこしを栽培していました。夏に帰省する孫に食べさせたいという愛情からです。しかし、彼は農協の基準以上に農薬を使用していました。これは「愛情が毒」になっている状態と言えます。とても悲しいことです。

このような状況の中、いさどんは無農薬で栽培したいという気持ちを強めていきます。愛情がきちんと相手のためになるようにしたい。正しいもの、心に咎めないものを使いたい。そんな思いからでした。生ゴミコンポストを畑にいれる。土を焼く。落ち葉を引く。いさどんは様々な方法を試します。しかし、結果は芳しくありませんでした。そんな時にEM菌に出会います。EM菌とは有効微生物群で、10属120種類を一つの液体にしたものです。

岐阜県可児市で、無農薬栽培をしている人のことが新聞に載っていました。その人はEM菌を使用した堆肥を作っていました。いさどんはその人のことを訪ねていきます。18年前のことです。そしてEM菌を使用したボカシを作り、畑に撒くようになります。ですが、その人にもまだ分からないことがたくさんありました。EMの本とスーパーEMをその人から譲り受けます。そして、スーパーEMの使用法を研究したら教えて欲しいと託されました。

その後、富士宮への移住が決まります。その頃、富士宮市ではEMの勉強会が開催されていました。「富士山をEMで緑化しよう」という合言葉で行われていたフォーラムです。講師は酒造会社の社長さんでした。いさどんは専門的な質問をすることにより、EMの培養法を知ることが出来ました。また神農本草経という図鑑の存在を教えられます。抗酸化作用がある、びわ、松、熊笹、ハーブなどをEMに加え培養すると、さらによいものが出来ることを知ります。木の花菌の誕生です。木の花菌はすべての生活の基になっていて、肥料の発酵だけでなく、家畜の飼料、飲料、人間の飲用にも使用しています。

加えて、玄米と麦を使ったアミノ酸の製造方法も、専門家に質問することによって知ります。これにより、鶏のえさにおからが活用できるようになりました。おからや米ぬかなど腐りやすいものが、木の花菌や玄米アミノ酸を加えることで、長く保存できる飼料となりました。

その他、木の花では森の微生物や光合成細菌も活用しています。森の微生物は強い分解力を持ちます。有機物を炭酸ガスにして空気中に出します。においがなく熱も出ない発酵です。その特性を活かしコンポストトイレに利用しています。光合成細菌は圃場や鶏の飲料に使用しています。

木の花で微生物を用いているのは、自然の仕組みに沿った農業を行うためです。植物は光合成により二酸化炭素を取り込み、酸素を吐き出します。炭素で身体を作る光合成です(炭酸同化作用)。植物が吐き出した酸素は動物たちが利用します。そして動物たちは二酸化炭素を吐き出します。その二酸化炭素を植物が・・・というように自然界では炭素が循環しています。その背後には微生物が生み出す酵素が作用しています。微生物が溢れている山では肥料なしで植物は育ちます。この自然界の仕組みから学んだ農法が緑肥循環連続農法です。この農法では外から何かを持ち込む必要がありません。また大規模な有機農業に向きます。今後その仕組みを取り入れ農業技術に取り入れていくことは、非常に有効なことだと考えられます。今、木の花ではそのための取り組みをしています。