憲章の文章がどんなふうに練りあがっていくのか?

これからはその過程を皆さんと共有していこうと思っています。
第一弾として、もうすでに完成している「本質的な平等」の素案を紹介します。
この文章がどんなふうに変化していって最終的に仕上げられたのか?
ご覧下さい。

~ ~ ~ ~ ~ 以下、本質的な平等の素案 ~ ~ ~ ~ ~

大自然の中で、すべてのいのちは互いに生かしあっています。いのちはそれぞれに欠かせない役割を持ち、互いに対等です。つながりの中で生かし合うこの世界で、すべてのいのちは本質的に平等なのです。あなたはわたし、わたしはあなた。この本質が見えた時、すべてが一つであり平等であることが明らかになります。この世界にあるのは役割の違いだけなのです。私たちはこの本質的な平等に倣い、表面上の役割や能力の違いを超えて、心をひとつにして暮らしています。
ところが、この世界には不平等が溢れています。それは人間の心が生み出したものです。自我を持ち「自分」という意識を持つ人間は、「自分」の立場にこだわり、人と比べる傾向を持ちます。この傾向に陥ると、おごりや不満、劣等感や優越感が生まれ、対立や格差に繋がります。不平等を自ら創り出すことになるのです。
人間社会はこの現実に対して、形式的な平等を生み出してきました。しかし、真の平等には至らず、社会の不平等はなくなっていません。一方、自然界にも優劣があり、一見、不平等に見えます。しかし、その背後には利他の精神が流れ、それぞれがそれぞれの役割を果たしています。多様な個性が尊重され、対等なものとして生かしあっています。自然界では、個性の尊重に基づく本質的な平等が成立っているのです。社会から不平等をなくすには、自然に倣う必要があります。
そのために大切なのは、心を見つめていくことであり、木の花では日々この実践を行っています。正直に自分の想いを出しながら、みんなと共有して、心の中のとらわれを手放していきます。自分の枠を広げて、全体の中の自分を意識出来るようにしていきます。すると、この世界ではすべてが平等であり、役割の違いだけであることが見えてきます。それにより、人々の違いを尊重できるようになり、自らの役割への自覚や互いへの信頼を深めることが出来るのです。
私たちの暮らしは本質的な平等を目指しています。そして、それは日々の心磨きに支えられているのです。

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