憲章創りは今、世界観の文章を検討しています。
細かい話合いをしているため、このBLOGは少しお休み状態になっていました。
ところで、このBLOGにはたびたび、神様が出てきます。
私たちにとって「神様」は日常的に使われる馴染みのある言葉です。
全宇宙と一つであり、世界そのものでもあり、私たち一人一人でもある。
宇宙の始まりから今まで変わることなくある善意と愛と調和からなる「想い」
私たちは神様をこう捉え、御心のままに生きる暮らしを心掛けています。
ですが、神様は人によっていろいろな捉え方をされています。
私たちが意図している通りに伝わらない可能性もあります。
そこで神様という言葉を憲章には含めないことにしました。
よりみんなに分かりやすく伝わる文章を目指して試行錯誤中です。
こんにちは。
冬至もなんだか通過し、
これから
夜が短くなっていき、
日が長くなっていく、
ようですが、
おかげさまで(?)、こちらにも
初めてお邪魔いたします(笑)
前の「世界観について」で、
「自給自足」—>「循環の中の暮らし」
となっているの見て、こりゃ すごいなぁ
と少し振動しました。
普通の教科書の循環図、サイクル図って、
紙面の都合上、また認識限界の都合上、
閉じているかのような表現が多いので、
この「循環」はオープン、開放系ですっ! と
自己ツッコミしてしまいました。
本質はどこかまでいくと有限だから、
やっぱり閉じているという感覚なんでせうけれど。
いえ。空間は有限でも、動きは無限です、とか 。
かみさま という言葉も、便利で安易な使い方が
世の中で多くされている現状では、憲章の中には
無くてよいという判断にも、共感します。
かみさま なんて言葉、
そもそも 限定しえないもの を、
人間モードの理解で限定して、その上でさらに、
コトバの段階で限定してしまうのだから、
下手に使うと、下品になってしまいますものね。
言葉の送信者・受信者が、
「かみさま」という言葉を
お互いの想念のやりとりで、
指し示すもの、矢印として、
使っているという自覚があれば良いけど、
言葉にすることで
限定していっているということに無自覚で、
逆に表現してやっている、
肉付けさせていただいております、
信者どものために定義してやっておる、
という感覚になりだすと、もう
過去の組織宗教教義の二の舞ですものね。
憲章文「だけ」では片手落ちですが、
コノハナさんでは、
文 と 生き様 のセットなので、
文 と 生活 の両輪で、
生活が、
かみさま の 表現ですよ、と
身身(複数形)であらわすので、
[わざとらしくなく]
かみさま という ことば は
あらためて示さなくてもいいんじゃなー、
とおもいました。
にしやんさん
憲章ブログへようこそ。
にしやんさんがいつもいさどんブログにして下さっている
コメントは読ませて頂いていました。
今後、こちらもよろしくお願いします。
循環図に対するにしやんさんのコメント。
その通りだなと思います。
そして、かみさまという表現に対する記述も。
僕たちが憲章を創る際、配慮している点を理解して貰えていることを感じました。
どうもありがとうございます。
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