「集い、語り合え。その中から真実が生まれる」
いさどんがお釈迦様からいただいたメッセージです。「木の花憲章もそうやって出来ていくのだろうな」、そんな予感をさせるプレゼン&フリートークが行われました。
今回もテーマは家族。男女の違いと結合、子どもの誕生、組織のあり方から経済の仕組みと話題は多岐に渡りました。すべての話題の底流にはファミリーで大切にしている精神が流れています。それは一般社会にある個々の価値観を超えた最終的な価値観。自然、宇宙をそのまま眺めた時生まれる哲学。神様の意思を顕していくことです。
人間は御神体です。身体という神殿に魂が宿ります。女性はもう一つ神殿を持ちます。それは子宮でそこに子どもが宿ります。女性がよりいのちに近く、敏感なのはそのためでしょう。
男性は光を原料として種を創ります。それは太陽の周期(1日1回)。女性は光を原料として卵を創ります。それは月の周期(1年に13回)。種と卵が結びつき細胞分裂が始まります。羊水の中で、胎児の姿は魚⇒両生類⇒爬虫類⇒鳥類⇒哺乳類・・・と進化していきます。そして人間として生まれてきます。太陽のリズムと月のリズムが合体して地球の生命が生まれる。それがセックスであり出産です。陰と陽。絆と愛の最初の作品。それが子どもです。
ところで、神社に祭られる御神体に鏡があります。鏡は美しいものも汚れたものも映します。宇宙全体が神自身。そのすべてをそのまま映します。かがみ。かみ(神)を取るとが(我)が残ります。が(我)を取るとかみ(神)が残ります。神と我。両方を含んだ言葉、それが鏡で両方を映し出します。子宮に降りてきた子は鏡です。最初は親のための鏡。親の姿勢がそのまま子どもに現れます。1人前になるまで子どもは親のために鏡として生まれます。そして、親は1人前になった子どもを社会に返します。
社会は360度鏡の世界。お互い鏡同士。鏡のなかのが(我)は、人間の中の濁り。そして、真ん中にあります。我があるから人間は語れます。意識を持てます。問題ごとを改善し進化することが出来ます。でも濁り過ぎるとお互いを映しあわなくなります。我に取り込まれた状態です。我を通じて学ぶこと。濁りを落としお互いを映しあい続けること。それが神の意思を顕すことに繋がります。
木の花の生活の底流にはこの精神が流れています。それが組織のあり方、経済の仕組みにも現れています。仕事の違いで収入に差を出さないこと、おとな全員で均等割りにすること。一つの財布でメンバー全員の所得税、市県民税、固定資産税、国民健康保険税、国民年金、教育費を始めとするすべての出費を賄うこと。これらすべてファミリーの精神の具体的な現れです。
ファミリーに新たに加わる人は、自分の所有していたものをファミリーに差し出すことになります。でも代わりにファミリーのものが自分のものになります。所有という概念を超えて徳のある人間として入ってくる。それがファミリーのメンバーになるということです。今、ファミリーのメンバーには会社員や公務員、美容師などをしていた人が自分の仕事を辞めて入ってきています。それはファミリーが新しい生き方のモデルを示しているからに他なりません。そしてそれは、社会一般の個々の価値観を超えた価値観。自然や宇宙をそのまま眺めた時に生まれる哲学。神様の意思を顕していくことです。
とんでもない意見がでてきましたね。…それが子供ですと断じるのは、今までのファミリーとは違うような。
しかも尻切れトンボで鏡の話ですか。最後に所有物を差し出す、そんなことは百も承知で、受け入れる方が明言するか?磁石の法則や、類は友を呼ぶの法則なのに。がっかりです
…断じることに、嫌悪感や違和感があります。
出生にも、愛の結晶だけでなく、望まれなかった子(レイプや、DV、欲etc)は沢山いるでしょう。
おっしゃっている事は理想論でしかないし、調和の中で活きている仲間内の論理ですよね。
私は、どんな動機であれ、子供がその環境を選んで生まれてくる。裕福でも貧しくても、
障害があっても、すぐに病で逝くことがわかっていても、沢山の事を自分が選んだ宿題、
経験、またはまわりに経験させる、するために生を掴んだと思っています。
子供との接し方は、木の花大賛成です。私も未熟者で分からないことだらけ。でも、これはこうだと断じません。
きっと、こうかなぁ、こうでなくちゃ…と
あまり、うまい表現もできないし、皆さんのような模範生(神に近づく)実践もできていません。
ただの、頭でっかちです。
…オーラや、過去性、霊性が視えない凡人ですが、目に視えない事の方を信じています。
所有物のことは、きっと問い合わせが多いんでしょうね。
気がまわらず、ごめんなさい。
よんぷんさん
初めまして、なかのんです。
いつも木の花に関心を持ってくださりありがとうございます。
このBLOGは子どもをいただくものの立場から書いたものです。
子どもの立場から書けばよんぷんさんが言われたとおりでしょう。
どんな人生を送る子どもも、本人がそういうことを認識してこの世界に降りてきています。
よんぷんさんが書かれているように、この世界には様々な不合理があります。
でも、その出来事だけで本人が不幸とは言えません。
よんぷんさんの自分を見詰める姿勢に好感が持てました。
私たちも日々研鑽し、その中から生まれてくるものを出しています。
常に学び続けています。
ご丁寧に返信してくださり、ありがとうございます。
本に著されていたように、須佐さんの、いさどんさんの願いや夢が叶うこと。
きっと、叶うと見守らせてくだい。
[...] このBLOGの(3)かがみや(4)子育てで書かれている内容をまとまたものになっています。 [...]
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